何者でもない学生と、
本気でバカ話を楽しむ幹部
KEC入社に当たっては、正直なところ当時のKECという会社に大きな興味を持つことはできなかった。周囲は有名外資企業や総合商社を目指す者が多く、それらと比べれば会社の規模も待遇も雲泥の差だったからだ。
それでも入社を決意できたのは、一つはやはり「教育」への関心。そして「個性」という言葉すら陳腐に感じるほどの、代表・小椋の人柄や彼が掲げた「教育を変えたい」という壮大な夢物語、そしてKECの社風である。「インターン後に小椋や幹部から旅行に誘われたんですが、そのときの話が、もう本当にアホな内容ばっかりで」と笑う岡本。「社長とか役員とかの“偉い人”なのに、こんな何者でもない学生と同じ目線でバカ話ができるこの人たちの感覚。何だか、それがすごく居心地が良かったと言うか、この輪に入りたいと思わされたと言うか」。
一人で歩いてきたはずの道に残された、たくさんの足跡
最後に決定打となったのが、入社2年目のキックオフミーティングだ。将来のリーダー候補として、社歴も年齢も部署も違う仲間をまとめる形でプロジェクトを任されたが、気負いすぎてしまったのか見事にチームはバラバラ。離脱者さえ出た。岡本自身も「社会経験も浅いのに、偉そうに夢ばかり語っていた」と自嘲する。プロジェクトは成功を収めたものの、それはメンバーが優秀だったからで、まったく「やり切った感」もなかった。
ところが、そんな悶々を抱えた岡本を、学生講師たちは笑顔で称えてくれた。サプライズのねぎらいだ。「おつかれさま、リーダー!」。たったそれだけの一言が、自分を追い詰め、縛っていた鎖をジャラジャラと崩れ落ちさせる。もう「号泣」と言って差し支えないだろう。声をあげて泣いた。止められなかった。「大人になって、こんなに涙が出ることなんてあるのか」――ずっと一匹狼で生きてきた岡本にとってそれは、「生きる意味」が音を立てて組み替わるようなイニシエーション。「チーム」とは、「仲間」とは何か、その中で働く喜びとは何か、真理の戸口に立てた瞬間だった。
あれだけ心を閉ざし、人と群れることを嫌った岡本の心を動かしたもの。皮肉にもそれは結局「人」だった。塾の恩師であり、悪友たちであり、小椋であり、KECの仲間たちだったのだ。人を信じられず歩いてきたはずの道――しかし振り返れば、そこには誰かの、そしてたくさんの足跡が重なっていた。